自立って一体どういう状態?精神的に自立した状態とは?

こんにちは
Smile Houseの妙加です。

皆さんは、「自立」と聞くとどんなことを思いますか?

「自立した子どもに育ってほしい」とか
「もう大人だし自立しなくちゃな」というニュアンスのことを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか?

では具体的に自立ってどういう状態のことでしょうか?

親元を離れたら?一人で生きていけるようになったら?どういう状態になれば自立したことになるのでしょうか。
もちろん、そういったイメージも間違いではなく自立していることになりますが、実はもっと精神的な面にも影響しています。

どれだけ自分の人生を輝かせていけるのか?
どれだけ自分らしさを活かしてイキイキとした人生になるのか?は、「自立」が大きく影響しています。

今回は、自立とはどういう状態?自立している人としていない人の違いは何?をまとめました。

自立している状態とは?自立と依存は表裏一体

自立
では、自立とは一体どういう状態なのか?をまとめました。

よくある自立のイメージ

子育てでよく言う自立は、「自分のことは自分で出来るように、しっかりと自立した子に育てよう」という風に、自分のことは自分で出来る、いちいち〇〇しなさいと言わなくても日常的な生活ができる状態を自立と認識している人が多いのではないでしょうか。

ざっくりいうと、【自立=依存していない状態】が自立していて、何故か自立=良い、依存=悪という感覚ではありませんか?

実際、30〜40代以降で引きこもりだったり収入が少なく実家暮らしをしている人は強いコンプレックスを抱えている人が多くいます。

なぜなら、

”自分には能力がないから、一人暮らしをしていく収入を得られない”
”いつまでも実家にいて社会不適合者だ”

と、一人で生きることができていない=自立できていない=自分はダメな人間だというように、自活できる=自立、自活できていない=依存しているという認識だからです。

ですが、そういう人もその人それぞれの考えを持っていて、PCが得意だったり、特定の分野の知識がとても優れていたり、何かしらお金を稼いで自活する収入を得る能力は持っている人がほとんでです。

でもいざ仕事をするとなると「きっと面接に受からない」「きっと自分はできない」というように思い込んで、社会と混じることを恐れ変化しない。

これは、【自立=きちんと仕事をして、生活を成り立たせている状態】と思っているから、それができていない自分はダメだという劣等感が自信を消失させているからです。

自立はお金を稼いでいるかどうか、身の回りのことができるといった外的な部分だけではなく、もっと奥深いものです。

もし、お金を稼いでいるかどうかが基準になると、専業主婦で子育てを頑張っているお母さんは全員自立していないことになってしまいます。
そんなことありえないですよね。

専業主婦でも自立している方はたくさんいます。
自立は外的な部分だけでなく内的(精神的)な要素も関係しています。

経済的に自立している=依存していないではない

自分が稼いだお金で生活している=自立している、これは確かに経済面だけを見ればそうですが、だから依存はしていないわけではありません。

会社員は毎月お給料がもらえますね。
そのお給料で生活をしているわけですが、これは完全に経済的に会社に頼っている=依存している状態なんですね。

頑張りが評価されて給料が上がることもありますが、”会社の規定に沿って”なので会社に務めている以上、経済的な決定権は会社にあり、自分の収入で生活していても自立しているわけではありません。

明日会社がなくなれば、自分の収入はなくなるし、給料カットの決定がされると収入は減ります。

じゃあ自営業していれば依存していないのか?となると、それも違って、顧客に依存しています。
なので経済的に自立しているから依存していないとは言い切れないんですね。

ではどういう状態が自立になるのか?を考えていきましょう。

自立の一歩は依存していることを知ること

「自分は依存なんてしていない、自立している」という人もいますが、そういう人ほど自分が何かに依存していることに気が付いていません。
そして”依存=良くない”という思い込みからはさっさと抜け出す必要があります。

この世で何にも依存せず、何にも頼らずに生きている人はいません。

自立というのは、依存しないようになるのではなく、最初の一歩は【自分が何に依存して生きているのかを知ること】です。

依存=悪と思っている人ほど、依存先を絞り込んで執着のようになっているのでそれも認識してください。
しっかりと自立するためには、自分がいま依存している先を確認し、自分の意思で決めた依存先を適度な数持っていることが大事です。

自立とは、自己実現する力があること

例えば、子どもに身の回りのことを全部できるように教え込むとしましょう。
それは確かに大事なことだし、生活に必要なことはできたほうがいいと思います。

ですが、それははっきりいって自立とは言わず、自動化に近い状態になります。
手がかからない子になっていっているというだけで自立心が育っているわけではないんですね。

正直、身の回りのことを今できないからといって教え込まなくても、大人になれば出来るようになることがほとんどで、本当に大事な自立は、自分がやりたいこと、興味のあることを自分から見つけて望んでやって行くことです。

つまり、自分の自己をどんどん表現していく力が自立には必要です。
自分がやりたいことを自分で見つけて、やっていくことが自立した人です。

「あれしなさい」「こうしなさい」と言われ続けると子どもはいつまでも親から自立できません。
そして、大人になると周りの評価に依存して生きることになります。

これは今日気づいたとしても今日できるわけではありません。
今まで言われた通りに他人の思考に依存して生きていると自分が何をしたいかわからなくなっていて、自己実現からは遠のいているからです。

自己実現力が育つとほとんどのことはできるようになる

少し子育て方面に話が逸れますが、子どもは自己実現力が育つと身の回りのことは自然とできるようになります。
〇〇がしたい!と純粋に思ってやり出すこともあれば、〇〇をやるために必要だからやろう!ということがわかってくるからです。

やりたいことはあるけど、忘れ物をしていつも出来ない状態になっていれば忘れ物をしないようにしようと考えるし、部屋が散らかっていたら出来ないことがあれば、片付けをするようにもなります。

自己実現する意欲があればその途中でできなかったことや苦手なことにも遭遇しても、だんだん出来るようになるものです。
何十回いっても出来なかったことも本人がやりたいと思うとすぐ出来るようになるのは、自らの意思でやりたいこと選んでいるからです。

大人でも、自己実現力が育っていない人はたくさんいます。
言われたことは何でもするし、仕事も日常生活もきっちりしているけれど、やりたいことが何もない・自分が何をしたいのかわからないという人です。

経済的にも身の回りのことにも問題なく出来ていたとしても、精神的な視点で見るとこういった人は「自立していない人」になります。

真に自立している人=自己実現力がある人は、仕事やプライベートを含め人生の中でやりたいことをどんどんやっていて、様々なことを実現させていて、そして自己責任で生きています。

真の自立とは?アドラーの教え

真の自立
アドラーとはアドラー心理学を生み出した心理学者で、最近だと「嫌われる勇気」は彼の心理学を元に書かれたことで有名になりました。
アドラーも自立について考えを述べていて、上記の話とも関連があるので紹介します。

自立とは”弱さ”を利用しないこと

独裁者のような圧倒的な力の根源になっているのは”弱さ”だとされています。

例えば、自分で何かをする能力がない生まれたての赤ちゃん(弱者という位置付け)は泣くことで周りに影響を与えてお世話してもらえるよう、ある意味”支配”するわけです。

自分が泣けば、周りが構ってくれて、自分が笑えば、周りも笑うという状態ですよね。
この状態をアドラーは”家庭”という世界を支配し、弱いからこそ世界の中心に君臨することができたと捉えています。

この状態はいたって正常で、人は生まれてから発達を遂げるまでの間は依存して生きていきます。
ですが、発達を遂げて色々なことができるようになり、大人になると自立をしていかなくてはいけません。

大人になり「弱者」ではなくなって、社会的にも弱い存在ではなくなるからです。
しかし子どもの頃のまま自分の周りの世界(多くは家族や身近な人、パートナーなど)を意のままに支配しようとする人はいます。

精神的に自立ができずに弱さを利用したままにい続けると、そこから生まれる行動として、親の脛かじり、仕事をせず、誰かにぶら下がった状態でい続けようになり、社会的には冷たい目で見られるのです。

人は100%依存の状態で生まれて、大人になるにつれ自立をするという発達をしなくてはいけないのですが、これはただただ自活ができるようになるのとは違って、精神的なものをさします。

弱さをちらつかせ支配をする依存

生まれた家を離れ、親元を離れる=自立した人ではないというのは、真の自立は精神的に自立していなければ意味がないからです。

精神的な自立ができない人=周りの人に依存している、という単純なことだけでなく、自分の弱さ、不幸、傷、過去の境遇、トラウマなどを使って相手を支配しようとします。

例えば、相手に可愛そうと思わせ支配下に置くために、身の上話をすることはよくある手段です。

「可愛そうだから助けてあげなくちゃ」「本当に困っているだ・・・」と相手が感じるように、自分の弱さを出してアピールし、周りの目を引こうとするんですね。

いわゆる「ゲーマー」「かまってちゃん」と呼ばれる行動で、意識的にやっている人もいれば、無意識的にやっている人もいます。
このように自分の弱さで人を支配しようとしている状態は自立しているとは言えないと捉えているのです。

精神的自立は自己中心性から脱却すること

ではどうしたら精神的にも自立できるのか?というと、「自己中心性」を辞めることだとされています。
自己中心性とは、自分が世界の中心にいて【自分は周りからどう思われているのか】が最重要になってしまっている状態です。

例えを出すと、親、恋人、パートナー、友人など身近な人や、SNSなどを通してなど色々なところから「愛されるために」「自分を認めてもらうために」行動をし、自分の【承認欲求】を満たし続けようとする生き方です。

いわゆる「他人のエネルギーを吸いながら生きる」ということですね。
子どもの頃に十分に親から承認されず、もっと愛されたい、もっと認められたいという愛情飢餓が根幹にあります。

一見、他者を自分の欲求を満たすために意のままに使っている風に見えますが、実際は逆で他人から認められたいと渇望している人生は「他人のための人生」を生きています。

自分は精神的に自立している!と思っていても自己中心性の人生を送っているうちは、「周りからの承認を得ること」が人生の目標になってしまうのです。

仕事や家庭もうまくいっているのに何故か満たされないという方は承認欲求を満たすために他人のための人生を生きていないか?を振り返ってみてください。
本当の意味で自立できていない不満足感かもしれません。

人生の主語を切り替え、他人を愛する

アドラーは自己中心性の人生から、真の自立した人生を生きるために、人生の主語を「私」という一人称から「私たち」に変える必要があると言っています。

どういうことかというと、人生の主語を「わたしたち」するには”愛情”が必要で、親以外のあかの他人を愛することが自立につながるんですね。

ちょっと難しい話に感じるかもしれませんが、今までずっと自分の評価や愛されているかどうかを気にしていた視線を外に向けることで、本当の意味で他人に目を向けることになります。

目線を相手に向けることができて初めて、誰かを満たそう、誰かを愛そうとなり、自己中心性から脱却していけるんですね。
アドラーは人生の主語が「自分」のうちは自立はしていない、と断言しています。

「自分たちが幸せになるためには?」「自分たちが成功するためには?」「自分たちが楽しく生きるためには?」というように、一体感を感じ、無償の愛情について考えることが、真の自立に繋がりますよ。

自立には現実見る目と自己責任が必要

こういった内容の話は、自立できていない自分自身を認めたくないし、自立していると思い込みたい心理が働いて、依存心が強く自立できていないと人ほど反発が起こりやすいのですが、自立には事実は事実と認識することと、自分の行動や言動には責任を取る力が必要です。

自分の失敗やミスを周りのせいにしたり、誤魔化そうとしたり、弱さを見せて許してもらおうとしたとして、それでその場が終わったとしても、その結果周りからの信頼を失うという現実からは逃れることはできません。

”人は自分の行動や判断の結果からは逃れることができない”というのはどうしようもない事実で、もし自立したいと思うのであれば、自己責任を避けて生きることはできないんですね。

ですが、そういったことを認めることができれば必ず自立につながります。
ぜひ一度自分はどうかな?と振り返ってみてください。

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SmileHouseスタッフの妙加(たえか)です。 仕事に追われつつドタバタと記事を書いていますが、がんばって子育てに役立つ情報を更新していきたいと思っています。 最近はランニングとあんこと半身浴にハマっています♪